成蹊大学文学部
ひらのゼミ
ゼミ生と歩く熊野
安倍晴明伝説の地
ひらのゼミでは毎年ゼミのテーマに関連する場所をゼミ合宿で訪れています。2025年度は熊野で二泊三日の合宿を行いました。
熊野とは、和歌山県と三重県にまたがる、紀伊半島南部の地域のこと。熊野には本宮・新宮・那智の「熊野三山」と呼ばれる三つの聖地があり、古くから天皇から庶民まで多くの人々に篤く信仰されてきました。これらの聖地に参詣するための道を「熊野古道」といいます。熊野古道は2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として世界遺産に登録されました。
安倍晴明には熊野を舞台にした説話が伝えられています。
鎌倉時代の説話集『古事談』第六-六十四話「晴明、花山天皇の前生を知る事」には、安倍晴明が那智に千日籠もって毎日滝に打たれ修行したという話が記されています。
また、『平家物語』の異本とされる『源平盛衰記』第三巻「法皇熊野山那智山御参詣の事」には、晴明が、那智山で花山法皇の修行を妨げる天狗たちを「狩籠(かりご)の岩屋」へ封じ込めて祀ったという逸話が記されています。岩屋に祀られた天狗たちは、修行を怠った那智の修行者を戒める存在になったとされます。
他にも、「安倍晴明のとめ石」や「安倍晴明の蛭伏せ石」といった、晴明の伝承が残る場所が点在しています。
このマップでは、ゼミ生が実際に歩いた道のりとともに、熊野の聖地や伝承をご紹介します。
ゼミ生の足跡を辿りながら、那智の滝を御神体とする熊野の世界観を感じてみてください。

*Appleマップ参照
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ゼミ生と一緒に歩く
熊野マップ

くまのなちたいしゃ
熊野那智大社
熊野三山の一社で、那智の滝を神と崇める自然信仰が起源とされる神社。もとは、滝横の飛瀧神社(ひろうじんじゃ)に熊野の神も祀られていたが、仁徳天皇5(317)年から現在の社殿がある場所に移されたとされる。境内には平重盛*(注1)が植えたと伝わるクスの木があり、護摩木・絵馬をもって幹の空洞を通り抜ける(=胎内くぐり)と願望成就のご利益があるという。
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*注1
平重盛は平安時代後期の武将で、平清盛の長男。重盛は一族の中でも特に信仰心が篤く、『平家物語』にも彼が熊野へ参詣する場面が描かれる。

な ち
那智の滝
飛瀧神社(ひろうじんじゃ)では、瀧そのものを御神体として祀っている。大雲取山からの流水による高さ133mの大きな滝で、「一の瀧」とも呼ばれる。この上流近くの「二の瀧」「三の瀧」と合わせて、国の名勝に指定されている。『源平盛衰記』巻第3には、花山院が二の瀧の近くに庵を結び、千日の修行をしたという説話がある。
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ゆのみねおんせん

湯の峰温泉
開湯から1800年、日本最古の温泉の一つとされている。古くから、熊野詣の人々が訪れ、聖地での旅の疲れを癒す役割を担ってきた。天然温泉の岩風呂「つぼ湯」は、世界唯一の入浴できる世界遺産と言われる。下から源泉が自然に湧き出し、常に新しいお湯で満たされている。
湯の峰温泉、つぼ湯の御利益を語る
小栗判官(おぐりはんがん)伝説
民間の語り物である説経節で語り継がれた伝説。相模国の豪族である横山家の娘・照手姫と恋に落ちたことで怒りを買った小栗判官は横山家の者に毒を盛られて命を落としたが、閻魔大王の計らいにより「耳も聞こえず、目も見えず、物も言わぬ」餓鬼の姿で蘇る。照手姫に車で運ばれ、熊野の湯の峰温泉へ。つぼ湯につかり、49日目に元の姿を取り戻したという。この物語から、湯の峰温泉は、「蘇りの湯」と呼ばれ、今も再生と癒しの場として信仰されている。
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